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美菜さんのスマホに婚活パーティーのお知らせが届いていました。

パーティーの開催は3月後半、ちょうど桜の開花の時期です。桜の木の下での婚活パーティーと知り、美菜さんの心が弾みました。

1週間ほど前、28歳の美菜さんは同じ職場の同僚の亜弥さんに誘われ、婚活パーティーに参加しました。

結婚のことは常に頭にありましたが、そうしたパーティーへの参加にはあまり気が乗りませんでした。

とはいえ、毎日が職場と家との往復です。職場に気になる男性がいるわけでもありません。

同世代の男性と巡り合う機会は、そう多くはありません。毎日地味な事務処理の仕事。平坦で代わりばえのしない日々。やはり婚活パーティーに積極的に参加しないと、中々良い人に巡り会えないかな、という思いもありました。

同僚の亜弥さんは半年ほど前、婚活イベントの会員になっていました。美菜さんは亜弥さんから入会を誘われていました。

「隣りに素敵な男性がいてね。食べる物も喉が通らなかったわ」その男性と、毎日メールのやりとりをしていると、亜弥さんは楽し気に話します。

亜弥さんのスマホには、男性とのツーショットや婚活パーティーの写真が数多くストックされていました。なんて楽しそう、もしかしたら良い人が見つかるかも。婚活イベントへの参加に美菜さんの心が動きました。

婚活イベントへの参加を申し込み、数日後、美菜さんは初めて婚活パーティーに参加しました。

婚活パーティーは、毎月1回、都心のレストランやカフェで開かれていました。適齢期の男女が会食をし、日常のささいなことを語らうといったもので、とくに何か趣向を凝らした催しが行われるというわけではありません。

会場で、美菜さんは同じ年頃のスーツ姿の男性に声をかけられました。とくに好みの男性というわけではなく、如才なく話を合わせましたが、日頃適齢期の男性と会話することもない美菜さんには、とても刺激的で心地良い体験でした。



それから1週間ほどして、婚活イベントの主催者からパーティーのスケジュールのメールが届きました。

年開けの1月はニューイヤー婚活、2月はバレンタイン婚活、そして、3月は桜の開花時期に合わせた婚活パーティーです。

婚活パーティーはいつもはレストランやカフェで夕方から行われていましたが、花見婚活と銘打った、そのパーティーは、土曜日の昼間、桜の木の下で行うということです。

満開の桜を見ながら、打ち解けた雰囲気の中で、気の合う異性と語らいを、という主催者の計らいです。

美菜さんは、その3月の花見婚活にどうしても参加したいと思いました。



春になり、桜の便りが聞かれるようになると、美菜さんは、電車に乗ってよく桜の名所に花見に出かけたものです。美菜さんは、桜の咲き誇る季節が1年のうちで一番好きでした。

美菜さんの両親は、美菜さんがまだ小さかった頃、離婚をしました。どうして、そうなったのか、その原因については彼女もよく知りません。

母方に引き取られた美菜さんは、ときおり父親のことを思い出しました。お酒を飲んで、たびたび荒れることもありましたが、ふだんはとても優しい人でした。

父親の思い出で、今でもはっきりと覚えているのが、満開の桜の木の下で、3人でお弁当を広げて食べた時のことです。

母親の作ったおにぎりを頬ばりながら、澄み渡った青空を見上げた時、光を帯びた桜の花がひらひらと風に舞って、とてもキレイだったことをよく覚えています。

美菜さんは、仕事で辛いことがあると、その時のことをよく思い浮かべます。そのことを思い出すと、とても幸せな気分に浸ることができたのです。

しかし、美菜さんの家族との幸福な思い出はいつもそこでぷっつりと途切れてしまいます。それから後は、それ以上に幸福と感じることがなかなか思い浮かびません。

年明けに、美菜さんは貯めていたお金で、部屋から桜がよく見える所に引越そうかと思っていました。

もし結婚して子供が生まれたら、あの時のように、家族で花見をしたい。いつも、桜の見える所で、そう想い暮らしていればいつかきっとその願いは叶うはず。そう思ったのです。

そして、同時にこうも思いました。

結婚して子供ができたら、子供には、幸せな思い出がいっぱい咲きほこって欲しい、と。



暮れの慌ただしい街角で、ふと夜空を見上げると白い雪が舞っていました。

まるでそれは、桜の花びらが舞っているかのようにも見えました。

桜の木の下で、きっと幸せが見つかる。美菜さんは3月の婚活パーティーを心待ちにしました。