No.2 バイクで成り行きまかせの旅

荻窪にある僕のアパートヘバイクで向かう途中、どこへどのような方法で旅に出ようかと考えた。

海外へ高飛びしてみるのもいいが、パスポートやら手続きで時間がかかり過ぎ、気がつけば遠出をしたいという気持ちもすっかり失せているかもしれない。かといって電車の旅というのもスリリングに欠け、滅入った気分をことさら増幅させるような気がした。

高円寺あたりにさしかかった頃、ふと思った。このまま旅に出てみてはどうだろう……。少し常軌を逸しているが、おもしろいかもしれない。

すぐさま、ジーンズの後ろポケットを上からなぞった。2,000円くらいはあるような気がした。ガソリン代と1日の食事代ですぐにかき消えてしまいそうだ。

……やはり、無謀かな。一旦、荻窪の部屋へ戻って貯金を全部おろしてから旅に出ようか……が、今の鬱屈した気分を散らすには何か刺激的な状況に身をさらすのがいいような気もする。それならば金など持たないで窮に瀕した先々で考えつく手段で金を工面して目的地まで到達するというほうがスリルがあっていい。女に振られて憂鬱な気分もふっ飛ぶかもしれない……。

その思いつきは、しばらく脳裏に居座ったまま離れなかった。突飛すぎるが、 20歳の旅立ちにはふさわしいような気がした。出たとこ勝負で、やるだけだ。この先、いずれそれが日常になるに違いない。

あと5分ほどで荻窪の部屋へ着くという辺りになって、とっさにハンドルをきり、通りの脇の道に入ってバイクをUターンさせた。腹を決めた。部屋に戻って一人悶々と長い時を過ごすのも、パチンコでうさを晴らすのも、酒に酔いつぶれてくだをまくのも、何事もなかったかのように大学に出て授業を受けるのももうまっぴらだ。

僕はもと来た路を遮二無二何かから逃げるようにエンジンをふかしてバイクを飛ばした。まるで昨日までの自分と縁が切れたような感覚がバイクとともに走った。

空は筋雲が切れ切れに浮かんでいたが、空の表面を微かになぞる程度で申し分のない上天気の春日和と言えた。バイクの加速をつけるたびに風が強く立ちはだかったが、だからといって僕の意気地を挫くほどのことはなかった。

異様なほどの高揚感に身体ごと包まれ、どこへ行くというあてもなかったがとりあえずバイクを東へと進めた。

中野のつい先程までいた沢村のマンションを少し過ぎた辺りで、僕は奴といつか2人で北海道でもツーリングしようかと話をしたことを思い出した。

沢村は何でも軽々しく約束する悪い癖があって、そのことを僕は最初から本気にはしていなかったが、バイクでどこか辺境の地へ旅をして見聞を広めたいという思いはずっとくすぶっていた。どうせなら北海道の最北端までバイクで飛ばして、俺は今オホーツクの流氷の前にいるとでもいう絵ハガキを奴に送って驚かせてやろうかと思った。

腕時計が8時少し前を示していた。
大久保駅前でカレーショップを見つけると、バイクを横付けし、ビーフカレーを注文し掻き込むようにたいらげた。身体中の筋肉がほっと一息つき、緩んでいくのがわかった。

辛味のきいたカレーのせいかもしれない。頭の隅でうたた寝していた理性がゆっくりと起き上ってきた。いくら、所持金があるのだろうか。良識が僕を責め立てる。

僕はふだん財布を持たず、いつも必要な金だけ無造作にジーンズのポケットに押し込んでいた。あわててジーンズの後ろポケットに手を入れ、中を確かめた。1,000円札が2枚と100円玉が3個。それと 10円玉が2個。全財産をテーブルの上に並べた。

……はたしてこれでどこまで持つだろうか。テーブルの上の現実と直面している間に旅立ちの決意が揺らぎかけているのを感じた。今なら引き返すこともできる。

沢村の部屋に残した書き置きなど反故にしても誰も困るわけじゃない。あれは冗談だといくらでも言い逃れはできる。それに沢村だって本気で僕が旅に出たとは思ってやしないだろう。

満腹感を覚え、さっきまでの向う意気はたちどころに萎んでしまったのだろうか。人は満たされると保守的になるのかもしれない。非常識を排し、世間の良職とやらに身をくるんでいれば、確かに、無難で安隠とした生活が待ち受けていることだろう。

誰かが言ってた。この世は「類友の法則」が支配すると。授業をさぼれば、成績が落ちる。人を殴ったら、殴り返される。借金を作れば、取り立て屋がやってくる。例外もあるが、だいたいそういうふうに相場が決まっている。同類が、池に投じられた小石の波紋のように反応する。

僕はというと恋をすれば、失恋する。恋焦がれれば焦がれるほど、2度と立ち直れないような深い痛手を受ける。さしずめ、そんなところだ。同類が反応するどころか、反転もはなはだしい。

笠間由里への想いは、深い闇となって返ってきた。では、この旅はどうだ。非常識は良識に、無謀は希望となって返ってくるとでもいうのか。 僕は、2,320円という現実を「類友の法則」ではなく、「僕の恋の法則」に照らして、なんとか手なずけようとした。

長居をしているとまたぞろ世間の良識が頭をもたげ、 20歳の向う意気はぐるりとそれに取り囲まれ、2度と日の目を見ることのない所まで追い込まれそうな気がした。

僕は、立ち上がり、店の人にカレー代を払うと、尻に火がついたように外に飛び出した。

風を受けて再びバイクに乗っていると、また少しずつ未知への好奇心がふくらみ、僕を捕らえようとしていた常識の網は風に飛ばされて後ろのほうへなびいて行った。

暖かい太陽の日を受け、のびやかに広がる春のうららかな空を見ながら走っていると、身体中の細胞が入れ替わり、全てを肯定的に割りきれるような気になった。

人は土壇場に追い込まれると、潜在能力が顕れ、難局を打開する。そんな言葉も思い出した。カレー代を支払い、すでに2,000円に満たない現実にそれでとどめをさそうとした。

バイクを飛ばしながら先のことを考えた。大学はしばらく、といってもどれくらいになるかわからないが、休学することにして、広島の両親には心配させないよう旅に出たことは内緒にして、時々旅先から電話を入れればいいと安易に考えた。

問題は資金をどうするかだ。バイクにはガソリンが、体には食糧が必要だ。寝場所をどこにするか、どこまで遠出するかで必要な金額も決まってくる。

金のことが大きな風圧となって立ちはだかった。しばらく、その調達法に思いを巡らした。

ふと、確か銀行に8万くらいの預金があったはずだと思い出した。キャッシュカードは小銭入れと一緒に机に奥にしまい込んでいる。が、引き返してそれを持ってくる気にもならなかった。そんなことをすればこの旅の意味がなくなる。

この旅は自分を追い込むための、行きあたりばったりの窮に瀕した旅だ。自虐的ではあるが、必死にならざるを得ない状況に身を置かなければ、自己変革なんてできやしない。

僕はむきになっていかにすれば何もないところからこの計画が遂行できるかということだけを考えた。


No.3 ガソリンと食糧の調達に一瞬のひらめき