6. 恐るべし白澤マリ

タワーマンションの一室に女子狩り隊のメンバーが集まっていました。

「お前ら、少しは手加減しろよな。それに、顔はやめろといったじゃねえか」リーダー挌の男子が頬に残るアザを手でさすりながら唇をゆがめています。

「徹底的にやれっていったじゃん。そのほうが余計女の同情誘うからって」とニヤつきながら答える金髪男子。さらに「俺もけっこうやられたぜ」と言ってリーダー挌の男子の傍に寄り、彼の腹部を軽く小突くようなしぐさをします。

2人がじゃれ合いもつれ合って、あの日のカフェでの殴り合いを再現をすると、他の3人が「もっとやれやれ、本気でやれよ」と面白可笑しくはやし立てます。

「あの女のことはずっと尾行してたから、全てお見通しだ。その気になったら、いつでもやれるぜ。あんたの合図次第で、いつでも拉致できる」仲間のその言葉に、リーダー挌の男子は満足げにほくそ笑み、さらに「手を抜くな、もっと追い詰めろ。遠慮するな」と吐き捨てるように言います。

酔いが回り、嬌声を上げてふざけ合う5人。その乱痴気騒ぎに飽きたように、ふと、リーダー挌の男子が立ち上がり、カーテンを開け、窓越しに眼下のきらびやかな夜景を眺めます。

<もう少しで、あの女は落ちる・・>窓ガラスには長身のすらりと均整のとれた体に、彫の深い端正な顔が映っていました。

酔いにまかせて、5人は次のターゲットを誰にするか計画を練りました。

「次は、誰があのいけてるモデル女を落とすかだ」1人の男子がそう言うと、リーダー挌の男子が「あれはダメだ。やめとけ。とうてい俺たちがかなう相手じゃない」と告げます。

「あっちのガタイのいいバケモン女は俺はごめんだぜ」金髪男子がそう言うと、
「いや、バケモンはむしろあのモデル女のほうかも知れない」合コンでジッと見つめられ、金縛りに合ったような硬直感を覚えたのをリーダー挌の男子は思い出しました。

彼らは3時間ほど、高級ワインと食事の宴を楽しみ、さんざんふざけ合った後、散開しました。


マナミさんの柿田くんへの想いは日ごとに強くなっていきました。<なぜ、こんなにも柿田くんに引かれるの・・>マナミさんは狂おしいほどの想いにかられました。

<こんなに人を好きになったのはみつる君以来・・>何をするにも片時も柿田くんのことが頭から離れませんでした。柿田くんのことはほとんど何も知りませんでしたが、そのことがかえって、彼への美化を助長することになりました。

<もし今、彼がいなくなったら私は生きていけないかも・・>そんなふうにマナミさんは思いつめ、自己憐憫に浸っていました。


一方、マリさんは東京を離れ、日光を訪れて、神社や滝を巡る旅をしていました。

生命エネルギーの枯渇を感じた時、マリさんはよくここを訪れたものです。二荒山の霊妙な気がマリさんの幽体とよく馴染み、パワーが漲るかのようです。

ペンションのテラスで星空を見上げ、マナミさんたちのことに思いを馳せている時でした。なぜか、急に強い睡魔に襲われました。

ふらつきながらソファーに身を投じたマリさん。そのまま変性意識になり、魂の深奥へと落ちていく感覚に捉われました。

まどろみの中で、マリさんは宇宙に放り出されたかのように、歪んだ時空間をさまよっていました。

マナミさんと柿田くんは深い縁で繋がっている・・・今世、彼らはそんなことを知るはずもない・・・

マリさんの目に映ったのは、宮殿、召使、豪奢な宴、傲慢な貴族たち、地主に搾取される貧しい小作人たち、貴族の娘を慕う若者、容姿をからかわれる痩せた青年、みにくい顔立ちで女たちにさげすまれる日々・・・

・・・マナミさんはある過去世でマナミさんを恋慕う柿田くんを邪険にしている・・そのことで柿田くんは深く傷つき自ら命を断った。

・・それをマナミさんは深く悔やんでいる・・・今世、マナミさんは柿田くんが味わった、胸の裂けそうな悲しみを経験することで、カルマを解消しようとしている・・・

・・それがマナミさんの魂の計画・・・二人は魂の深奥でそのことを知っている。

この世に偶然の出会いなどない・・・惹かれ合い、幸福な人生を送る者もいれば、その逆もある・・・

誰もが過去世の縁で導かれ合っている・・・魂の学びのためにこの世に生をうけている・・・一見不幸に見える現象もカルマの解消のための魂の計画・・・その魂の計画に、私は介入しようとしている・・・

ともすると、二人が抱いた悲しみや慟哭が波打つようにマリさんに襲いかかります。マリさんは力を振り絞り、へそ下に生命エネルギーを集めました。

あなたが与える物が、受け取る物・・・それが宇宙の真理・・・柿田くんにこれ以上マナミさんを傷つけさせてはいけない・・・彼の深いカルマとなって来世は彼がより深い悲しみを負うことになる・・・この輪廻をここで断ち切らなければ・・・

マリさんは因縁のグリッドを反転させ、<全ては愛に還る>と強く思い念じました。

とても永いような、あるいは瞬きの一瞬のような、そんな時の流れの中で、マリさんの体が硬直し、その後、いいしれぬ脱力感が体中に広がりました。

マリさんは深い溜息をつくと、<これで全てが終わった>と確信しました。

<これでいい、もうこれで大丈夫・・・>マリさんは安堵し、疲弊した体を横たえると、深い眠りに落ちていきました。


「いよいよ決行だ。やるぜ」

女子狩り隊のリーダー挌の男子が、ラインでメンバーに召集をかけました。日暮れに、マナミさんを車で拉致して凌辱の限りを尽くすというのです。

決行の日。金髪男子が車を手配し、5人が乗り込みました。その日、マナミさんは夕刻の外出は避けていましたが、柿田くんからのメールでお台場で会う約束をしていました。

柿田くんとは毎日のようにラインでやりとりしていましたが、会うのはあのたい焼き屋巡りのデート以来でした。柿田くんの顔を見て打ち明けたいこと、相談したいことがたくさんありました。

日が大きく傾いたお台場。マナミさんは柿田くんの夕日を背にしたシルエットを見つけるや小走りで駆け寄りました。

「会いたかった、とても。会って直接言いたかった。好きだって」とマナミさんは目に涙を浮かべながら柿田くんに告白しました。

柿田くんは、マナミさんを強く抱きしめ、腰に回していた腕を緩めるとしばらく無言のまま頭を垂れていました。

「ごめん、マナミさん、僕も君に話さなければいけないことがあった。僕には好きな人がいる。その人と結婚しようと思っている」柿田くんはそういうと、やさしくマナミさんの腕をほどきました。

マナミさんはその言葉に衝撃を覚え、足が震えました。<こんなに、柿田くんのことを想っているのに>マナミさんの目に涙が溢れました。

しばらく、無言のまま二人はそこに立ちつくしたままでいました。

そして、柿田くんは、「ごめん、君には僕なんかよりもっとふさわしい人がいるはず」と言って、マナミさんに背を向けて立ち去っていきました。


マナミさんは、悲しみに暮れ、呆然と、ベンチに座ったまま日の陰った空を眺めていました。涙があふれて止まりませんでした。

30分ほどそうしていたでしょうか。辺りはすっかり夕闇に包まれ、人影もなくなっていました。

<柿田くんのことはもう忘れなきゃ・・>

そう思いながら、マナミさんが立ち上ろうとした時でした。背後から数人の男子がマナミさんに抱きつき、強い力で口をふさぎ、目隠しをしました。鼻先に薬品の染み込んだガーゼを当てられ、マナミさんの意識は次第に遠のいていきました。

それからどれほど時間が経ったことでしょう。

目隠しされ、口をテープでふさがれ、手足を椅子にしばられた不自由な状態であることにマナミさんは気がつきました。

どこか、倉庫のような廃屋に監禁されたようで、鼻にツンとくる鉄のさびたような匂いや埃っぽい冷えた空気が辺りに充満していました。

「さて、これからどうすっか」すぐ傍で数人の男子たちの声が聞こえてきます。聞き覚えのある声もその中に混じっていました。

そのうちの1人がマナミさんの胸を無造作につかみ、ワンピースを足先からめくろうとしました。彼らにいたぶられ輪姦されているシーンが一瞬、マナミさんの頭をかすめました。薬品のせいで意識がもうろうとし、彼らにあらがう力が失せていました。

彼らにされるがまま、無抵抗のマナミさんがぐったりとしていた時でした。バタンとドアを蹴破る大きな音がして、「お前ら、何やってんだ」という怒声が倉庫内に響き渡りました。

若者たちはその声に慌て驚き、その場に立ちつくしていました。そして、その直後、けたたましいパトカーのサイレンの音がマナミさんの耳に届きました。

大勢の警官らしき人々が倉庫に入ってきて、ざわついています。彼らは強い口調で若者たちに何か言葉を投げかけています。

マナミさんの目隠しが取れ、何が起きているのか理解できました。5人の若者たちが手錠をかけられ、数人の屈強な警官たちに取り囲まれ連行されています。

その中に、銀座のカフェで会った金髪の男子、そして、柿田くんがいました。<なぜ、柿田くんが、ここに・・・>マナミさんは目を疑いました。彼らは、ふてくされ、憮然とした表情で警官たちに付き従っています。

そして、さらに驚くことがありました。

マナミさんが呆然と柿田くんの姿を目で追っている時でした。

「マナミちゃんには、やっぱこれ」といって、横からたい焼きを差し出す若者がいました。

<え、もしかして・・・、え、みつる君なの。なぜ、ここに>よく見ると、確かにみつる君でした。みつる君は、高校時代の面影は残っているものの、浅黒い精悍な顔つきの若者になっていました。

マナミさんは、椅子に手足をしばられたまま、みつる君の差し出したたい焼きを泣きながら頬ばりました。

「なぜ、みつる君がいるの」と言おうとしましたが、口いっぱいに頬ばったたい焼きで思うように言葉になりません。

「Youtubeでマナミちゃんを見て、会いたくなって、家の近くにいったんだ。そしたら、家の周りをうろついている連中がいて、なんか変だぞと思って、ずっと連中を監視してた。まさかこんなことをたくらんでたなんて」

マナミさんは大声で泣きながら、自由になった腕でみつる君に抱きつきました。

それからしばらくして、真子さんとマリさんがやってきました。

「ひどい目にあったね、マナミ。柿田ってのはほんとにとんでもない野郎だ」真子さんは憤りをあらわにしました。

「マナミさん、大丈夫だった」マリさんも優しく声をかけました。


それから数日後。

真子さんとマナミさんは、蓼科高原を訪れました。真子さんが心の傷を癒す旅だといってマナミさんを強引に誘ったのです。

二人は八ヶ岳からの涼やかな風を感じながら野原に横たわり、大きく背伸びをしました。

「あんなことがあった後だし、恋活はしばらくお休みかな~。あんたにはみつる君っていう人もいることだしね」と真子さん。

マナミさんは、あの日以来、みつる君とメールのやり取りをしていました。脇が甘いだの無防備すぎるだのと相変わらず手厳しいみつる君です。

「シラサワは最近どうしてるの」と真子さんがたずねます。

「マリさん、オーロラを観にしばらく旅行にいってきますって、メールが来てた」とマナミさん。

「へえ~そうなんだ。早く帰って来ないかな」真子さんがぼそりとつぶやきます。
<もしかして、わたしの前世クマだったらどうしよう・・・シラサワにみてもらわなきゃ>と遠くの山々に目をはわせる真子さん。

なんとなく真子先輩の考えていることが察せられて、マナミさんは可笑しくなりました。

<今頃、マリさん、オーロラ観ながら何思ってるかな・・・>
マリさんが旅先からくれたメール。その中の言葉がマナミさんの心に残っていました。

「この世で生きていくのはホントに大変、みんな魂の学びのために生まれてきているから。でもそれをやりたくて生まれてきたの。そして、このことは忘れないで。どんなに辛くても、誰にも、必ず助けてくれる人が傍にいる、ということをね」





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