Another Sea Story
公園に男がいつくようになって1週間ほど過ぎた頃。ベンチに横になり、うとうとしていた夕暮れ時……。
周りがいつになくざわめいているのを男は感じた。薄目を開けて、そっと周囲を見た。
黒いズボンをはいた人間があたりに群がっている。何事だろうかと不思議に思って、ゆっくり上体を起こしかけた時―――。
するどい衝撃が男の脇腹に走った。ついで顔面に、腕に、そして両足にと、次々にそれは広がった。
いつの間にか男はベンチから転げ落ちていた。不意にふりかかった災難をかわしきれず、男はただ両手で頭をかかえ、逃げまどうばかりであった。
ほこりをかぶった男の目に、陽のかげった薄曇りの空を背にして立っている5,6人の学生服姿の少年たちが映った。どこかあどけなさの残った彼らの顔は高校生には見えない。線の細いきゃしゃな作りの体はどうみても中学生だ。
男が抵抗しないでいると、調子に乗って少年たちはさらに男に攻撃を加えた。まるで錆ついて不用になったバケツをうっぷん晴らしに蹴飛ばしてでもいるような少年たちの足蹴りだ。
浜を汚すんじゃねえ。出てけ。時々、そんなふうな荒々しい声が男の耳に届いた。
最初に受けた打撃と空腹のため、気がなえて、男は立ち上がることが出来なかった。
こんな目にあわされる覚えはない…… 少年たちが一刻も早くどこかへ行ってくれることを男は願った。
だが、少年たちは仲々立ち去ろうとしなかった。苦しげにうめくみすぼらしい男を見ながら、ますますいい気になって男を傷めつけた。
ときおり、ふっと意識がどこかへ飛んでしまったような感覚が男に走った。それが何度か繰り返された頃、何かが男の体に重なった。男はそのおかげでしばらく少年たちの暴力から逃れることができた。
( 誰かがかばってくれたらしい… ) 激しい痛みに耐えながら、男は思った。
しかし少年たちは男の上におおいかぶさったものを払いのけると、また男に容赦のない足蹴りを見舞った。そのうちまた男は体におおいかぶさる温かい重みを感じた。人肌のぬくもりがそこから伝わってくる。
男は目を開けて見た……。
ランドセルを肩にかけた小学生が、しがみつくようにして体に抱きついている。小さな手がジャンパーの端をしっかり握りしめている。
この子がかばってくれていたのか …… 混乱の中でつかの間、男の心は安らいだ。
少年たちはその子供の出現によって、やる気をなくしたようだ。男に、バカヤローと毒突くと、砂を蹴散らすようにしてその場を去っていった。
「おじちゃん、だいじょうぶか?……」
耳もとで子供の声が聞こえる。男は顔をあげてみた。ほこりにまみれた半ズボン姿の小学生が目の前に座っている。男はすこしばかり首を縦に振って応えた。
男をけなげにかばったのは正夫だった。学校から帰る道すがら、公園の前を通りかかった時、中学生たちに乱暴されているみすぼらしい男を見てやもたてもたまらず夢中で飛び出し、男の体に折り重なったのだ。
男の額が少しばかり切れて、そこから血がにじみ出しているのを見つけると、正夫は公園のトイレに走って行き、そこからトイレットペーパーをちぎって持ってきた。そして男の額の傷口にそれを当て、血が止まるまで男のそばに座り込み、じっと男の顔をみた。
「……あ、ありがとう。ぼうや」
男はたどたどしく正夫に礼を言った。正夫はほのかな笑みを浮かべて男に応えた。
その日、正夫は中学生たちに小突き回された体を引きずるようにして家に帰り着いた。間がよく、母親の初江はスーパーのパートの仕事でまだ家に帰っていなかった。
正夫は風呂場に行くと、汚れた衣服を洗濯機に放り込み、母親にこのことを聞かれたら何と答えようかと首をひねった。