Another Sea Story
―― その翌日。月曜の朝、初江はスーパーの主任に無理を言って休みをもらい、正夫が万引きを働いた文房具屋に出向いた。
頭のはげあがった、60過ぎくらいの初老の男が店の奥から顔を出すと、初江は何度も頭を下げて謝った。
「いいんですよ。奥さん、もう。ほんのちょっとしたでき心だったんでしょうから」
丸顔の人のよさそうな店の主人はいつまでも頭を下げたままでいる初江に好意的に接した。
「子供が学校から帰ってきましたら、子供を連れてもう一度うかがいますので、どうかお許しください」
「よっぽど気にいったんでしょうね。あの色鉛筆が」
「ほんとうにすみませんでした。何度も叱っておきましたので……ほんとにすみませんでした」
初江は色鉛筆の代金4千円を支払い、夕方もう一度正夫と一緒にうかがうと店の主人に約束した。
初江が身をかがめるたびに店の主人も頭を下げた。しまいにはどちらが謝っているのかわからなくなってしまった。
初江が帰り際に、「ぼっちゃんに、これを」と言って、店の主人はノートを1冊初江に差し出した。
初江は断ったが、「色鉛筆を買っていただいたサービスですから」と言って、どうしてもそれを初江に持たせようとした。
「気にしないで、またぼっちゃんにうちに寄るように言ってくださいな」店の主人の好意が初江の胸にしみた。
文房具屋を出て、その足で初江は海岸へ向かった。正夫が親しくしているホームレスの男に会うために。
海岸へ向かっている間、初江の胸は不安で揺れ動いた。……どんな人かしら……会ったら何て言おうかしら……。
初江の目にいつもより濃い青をたたえた、寒々とした海が映った。空は暗く、今にもひと雨きそうだ。降り出したら一気に空が割れてしまいそうな気配がひろがっている。
もしかして、正夫をうまく利用しようとしてるんじゃないかしら……もう正夫に会わないでくれってはっきり言おうかしら……。海岸が迫るにしたがって、初江の胸の鼓動はいっそう高鳴りを増した。
海岸に着くと、初江は正夫が言っていたコンクリートの橋の下をのぞき、男を探した。
男は新聞紙を敷いて、頭からジャンパーをかぶり、腕枕をして横たわっていた。
初江がおそるおそる男のそばに近づいて、何と言って声をかけようかしらと迷っていると、男は初江に気づき、おもむろにジャンパーをはいで上半身を起こした。
男とまともに目が合って、初江は足がすくんだ。だが、怖いという思いは不思議と湧かなかった。むしろ男に愛着に近いものすら感じた。なぜかしら?……
そのうち初江の胸のうちで何かがざわめいた。
男の垂れ下がった太い眉。その下からのぞいているやさしげなまなざし。そして黒くかさついた肌。
……まるで1年前に亡くなった夫の落ちぶれた姿を見ているようだった。
正夫が男になついている理由がわかったような気がした。